「早く大人になりたい」
よくそう言う子どもだったらしいよ、
と私は寿司カウンターで友人に言った。

こんなはずじゃなかったのか、
こんなものなのか。よくわからない。
なぜなら、
あの頃思い描いていた“大人”の、
その先にいるからだと思う。

たとえば恋人がいて、好きな仕事について。
自分でぜんぶを決められる自由な
“大人”になって。
それとなく手にしたけれど、今は、
その「先」にいる。

カウンター越しの寿司職人の手さばきに、
私たちふたりは見とれ、
言葉少なになっていた。

ほかには熟年の夫婦や女性客がいて、
職人との間にいつしか笑い声が生まれている。
空間に一体感のようなものがただよい、
私たちもいつのまにかとけ込んでいた。


ガラスの向こうには木々が、
風を浴びてそよいでいる。

決して失敗が許されない仕事や
周りの評価、本音。
変化に飛び込めない臆病な自分。
最近、私の心を支配していたものが、
遠い過去のものにさえ思えてくる。

日は暮れはじめ、
重なり合う枝葉の色が深みを帯びてきていた。
こんなふうにして
きれいに流れていくことが大人にはあるんだ、
と思い出した。

どれもがいちばん大切なわけじゃない。
では何が、と問われると困ってしまうけれど。

ただ分かることは、
立ち止まることも、迷うことも、
ありのままの自分だ。
あの頃、
欲しかった自由を手に入れたなら、私は選ぶ。
なりたい「大人」になることを。

晩秋の音羽山荘にて。

どれもがいちばん大切なわけじゃない。
では何が、と問われると困ってしまうけれど。

ただ分かることは、
立ち止まることも、迷うことも、
ありのままの自分だ。
あの頃、
欲しかった自由を手に入れたなら、私は選ぶ。
なりたい「大人」になることを。

晩秋の音羽山荘にて。